「カスハラに遭った」と従業員から相談を受けたとき、自社の就業規則に対応根拠が見当たらず、その場の判断で対応してしまった経験はないでしょうか。カスハラ対策義務化とは、企業がカスタマーハラスメント(顧客・取引先等からの著しい迷惑行為)に対して体制整備の義務を負う制度の枠組みを指し、2024年以降、法整備と行政指針の両面で急速に具体化が進んでいます。就業規則への明文化は、企業が組織として対応できることを社内外に示す第一歩です。
2024年3月に厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、企業がカスハラ対策に取り組む義務の根拠として、労働契約法に基づく「使用者の安全配慮義務」が明示されました。従業員が顧客から著しい迷惑行為を受けた場合に、使用者が何も講じなければ、安全配慮義務違反として民事上の責任を問われるリスクがあります。
東京都は2024年10月に全国初となる「カスタマーハラスメント防止条例」を施行しました。事業者に対し、カスハラ防止のための体制整備・方針の明確化を努力義務として規定しており、「努力義務」であっても行政指導・社会的評価の対象となる点は見落とせません。国レベルでも労働施策総合推進法の改正に向けた議論が進んでおり、今後は罰則を伴う義務規定へ移行する可能性があります。現時点で対応を始めておくことが、制度変更時の対応コストを最小化する合理的な選択です。
企業が確認すべき実務上の基準は大きく3点です。①カスハラの定義(業務の適正範囲を超える言動・継続性・執拗性)、②対象行為の列挙(暴言・長時間拘束・SNSでの誹謗中傷・過度な謝罪要求など)、③対応の可否判断の手順です。これらを就業規則や別規程に落とし込まないと、現場判断がばらつき、対応の記録も残りにくくなります。
カスハラ対応を就業規則に実装する際、最低限盛り込むべき要素は4つあります。第1に「カスハラの定義と禁止行為の列挙」です。「顧客等から業務の適正な範囲を超えた言動を受けた場合」という包括定義に加え、具体例(暴力行為・侮辱的発言・長時間の電話拘束・繰り返しのクレームメールなど)を別表形式で添付すると、現場での認定判断に活用しやすくなります。
第2に「報告・相談体制の明文化」です。被害を受けた従業員が上長またはハラスメント相談窓口に報告する手順、報告者が不利益取り扱いを受けないことの保護規定、報告を受けた管理職が取るべき初動(記録・エスカレーション)を具体的に記載します。第3に「会社としての対応措置」として、取引停止・謝絶・警察への通報・顧問弁護士との連携といった選択肢を明示します。措置の列挙がないと、現場が「そこまでやっていいのか」と躊躇し、対応が遅れる原因になります。
第4に「記録の保存と個人情報の取り扱い」です。カスハラ事案は後に労働審判・訴訟の証拠として重要になる場合があります。録音・録画・メール保存の方針、保存期間(目安3〜5年)、情報管理の担当部署を定めておくと、後日の証拠整理がスムーズです。これらを就業規則本則または「カスタマーハラスメント防止規程」として別規程化し、本則から参照する形が実務上は整理しやすいです。
既存の就業規則にハラスメント規定がある場合、まず「パワハラ・セクハラの規定がカスハラに流用できるか」を確認します。パワハラは「職場内の優越的関係」を前提とした定義であり、顧客からの行為には直接適用できません。カスハラを明示的に追加する改正が必要です。
改正前後の条文を並べて比較する際、特に確認すべき差分は①行為の主体(従業員間か顧客等か)、②対応措置の権限者(本人・上長・会社の三層のどこで止まるか)、③不利益取り扱い禁止の対象範囲(報告者のみか第三者証言者も含むか)の3点です。改正案を意思決定会議にかける前に、現行規則との差分リストを作成しておくと、承認プロセスが速まります。
また、就業規則の変更は労働者の過半数代表者への意見聴取と労働基準監督署への届出が必要です(労働基準法第89条・第90条)。カスハラ規定の追加は「従業員の権利を制限する」性質ではないため、不利益変更にはあたらないことが多いですが、報告義務の新設など義務を課す条項を加える場合は念のため確認が必要です。
番頭では、就業規則の現行テキストと従業員情報をセットで登録しておくことで、カスハラ認定の際に「自社の定義に照らした確認作業」を素早く行えるようになります。たとえば「この言動はカスハラの別表に該当するか」という問いに対し、登録済みの別表定義を参照しながら整理する補助ができます。
対応フローの一貫性という観点では、案件ごとに「いつ・誰から・どのような行為があったか・どの手順で報告されたか・どの措置を講じたか」を記録する際の項目テンプレートを番頭に持たせておくと、記録の抜け漏れを防ぎやすくなります。現場判断のばらつきを抑えるためのフロー確認や、類似案件の対応実績の照合にも活用できます。
就業規則を改正するタイミングでは、変更前後の条文テキストを番頭に登録し直すことで、その後の相談が改正後の規定を前提として進むようになります。規則の版管理を番頭側で補助することで、「古い規定で答えてしまった」というミスを減らすことができます。
ステップ1は「現行就業規則のハラスメント条項を確認する」です。就業規則の目次または「服務規律」「懲戒」「ハラスメント」の章を開き、カスハラ(またはカスタマーハラスメント)という語が登場するか確認します。登場しない場合、現状では対応の根拠規定がないと判断できます。
ステップ2は「カスハラ事案の発生頻度と業種を確認する」です。小売・飲食・医療・介護・コールセンターなど顧客接点が多い業種は、対応規定の整備が急務です。過去1年間で「クレームが繰り返された」「従業員が精神的に消耗した」案件があれば、規程整備の優先度を上げる根拠になります。
ステップ3は「改正案の素案作成と意見聴取のスケジュールを組む」です。素案は厚生労働省のモデル規則や自治体のガイドラインを参考に作成し、過半数代表者の意見聴取(書面)・所轄労基署への届出までの工程を逆算して日程を確定します。届出から効力発生までの周知期間(目安2週間以上)も確保してください。
サンプルの会社情報を覚えた状態での、回答のイメージです。数値や規程の内容は説明用の例です。 番頭の答えは一般的な情報の整理であり、個別の法的助言ではありません。
うちの就業規則にカスハラの規定があるか確認したい。ハラスメント条項はあるが、パワハラとセクハラしか書いていない気がする。
登録いただいている就業規則のハラスメント条項を確認すると、現在はパワハラおよびセクハラの定義・禁止・相談窓口の規定がありますが、カスタマーハラスメントに関する記載は含まれていません。顧客等からの著しい迷惑行為を対象とする定義・報告手順・会社の措置については別途追加が必要な状態です。改正の進め方や条項のたたき台については、社労士等の専門家に相談のうえ確定されることをお勧めします。
カスハラの別表に「長時間の電話拘束」を入れたいが、何分以上を目安にすればよいか判定基準を知りたい。
厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアルでは、一律の時間基準は示されておらず「業務の適正な範囲を超えているかどうか」を総合的に判断するとされています。実務では「1回の連絡で30分以上の拘束が複数回継続した場合」などと自社の実態に合わせた基準を別表に記載している企業もあります。登録いただいている業種・従業員規模をもとに整理を進めることはできますが、具体的な基準値の決定は法的判断を伴うため、最終的には社労士や弁護士にご確認ください。
就業規則を改正する場合、労基署への届出前にやることを順番で整理してほしい。
登録いただいている就業規則の現行版と従業員数をもとに整理すると、手順は次のとおりです。①改正案の作成(カスハラ定義・報告体制・措置内容の条項追加)、②過半数代表者または労働組合への意見聴取(書面で意見書を取得)、③意見書を添付して所轄の労働基準監督署へ届出(様式第9号)、④従業員への周知(社内掲示・メール配布等)。届出と同時に周知を進め、施行日を明確に定めておくとトラブルを防ぎやすくなります。
2025年時点では、国レベルでカスハラ対策を罰則付きで義務化する法律はまだ施行されていません。ただし、労働契約法の安全配慮義務に基づき、従業員がカスハラ被害を受けた際に企業が何も対応しない場合は民事上の責任を問われるリスクがあります。東京都の条例(2024年10月施行)は努力義務ですが、国レベルでの法整備議論が進んでいるため、先行して体制を整えておくことが現実的な対応です。本ページの情報は一般的な情報提供であり、個別の法的判断や書類作成の代行ではありません。具体的な対応方針は社労士・弁護士等の専門家にご相談ください。
カスハラを定義し報告体制や会社の対応措置を設ける内容は、従業員の権利を制限するものではなく、むしろ従業員を保護するための規定です。そのため、一般的には不利益変更にはあたらないと解されることが多いです。ただし、「報告義務を怠った場合の懲戒規定」など、従業員に新たな義務を課す条項を追加する場合は、内容によって不利益変更と判断される可能性も否定できません。改正案の内容に応じて、社労士等の専門家に確認することをお勧めします。
法令上、カスハラ対応記録の保存期間を直接規定した条文は現時点では存在しません。実務的には、労働問題に関する損害賠償請求の消滅時効が最長5年(労働基準法改正後の賃金請求権に準じた考え方)であることを参考に、3〜5年を目安に設定している企業が多いです。就業規則または別規程に保存期間と管理担当部署を明記しておくと、事案発生後の記録整理がスムーズになります。
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