顧客や取引先からの迷惑行為が増加するなか、就業規則にカスタマーハラスメント対策を明文化しておくことは、従業員を守り、組織としての対応方針を社内外に示すうえで重要です。このページでは、就業規則に盛り込むべき要素と具体的な記載例を、中小企業の実務に即して整理します。
顧客・取引先からの暴言・過度なクレーム・脅迫的言動といったカスタマーハラスメント(カスハラ)は、従業員のメンタルヘルスを直接損ない、離職や休職の原因となるケースが増えています。厚生労働省が2022年に公表した「職場のハラスメントに関する実態調査」では、過去3年間にカスハラを受けたと回答した労働者の割合が約15%に上り、対応策を「特に取っていない」と答えた企業が半数を超えていました。
就業規則にカスハラ対策を盛り込む直接的な法的義務を定めた規定は現時点では存在しませんが、労働契約法第5条は「使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めており、この安全配慮義務はカスハラ被害を放置することにも適用される場合があります。つまり、カスハラへの対応を怠った場合、会社が損害賠償責任を問われるリスクがある点を認識しておく必要があります。
また、2024年4月に改正された東京都カスタマーハラスメント防止条例(東京都)を皮切りに、各自治体が条例化を進める動きが広がっています。国レベルでは厚生労働省が2024年3月に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公表し、就業規則への明記を含む体制整備を事業者に推奨しています。法令上の義務が先行する業種として、介護・障害福祉サービス事業者については、2024年度介護報酬改定の運営基準改正により、ハラスメント対策の推進が運営基準に明記されました(厚生労働省令・2024年4月施行)。これらの動向を踏まえると、業種を問わず早期に規定を整備しておくことが、会社としてのリスク管理につながります。
カスハラ規定を就業規則に設けるにあたり、最低限カバーすべき要素は次の5点です。①定義(どのような行為をカスハラと捉えるか)、②禁止行為の類型(具体的な行為例の列挙)、③従業員の報告義務と報告先、④会社の対応方針・対応手順、⑤従業員への不利益取扱いの禁止です。これらを就業規則の本則または別規程(カスタマーハラスメント対策規程)として整備する方法があり、どちらにするかは既存の規則構成や社内規模に応じて決めることになります。
①の定義は曖昧さを残さないことが肝心です。「顧客・取引先等からの言動であって、その要求の内容の妥当性に照らして、態様・手段が社会通念上不相当なものであり、従業員の就業環境を害するもの」という厚生労働省マニュアルの表現を参考にしつつ、自社の業態に合わせて言葉を補うと実務的な定義になります。②の禁止行為例としては、長時間の拘束・繰り返し電話・侮辱的な言葉・土下座の強要・SNSでの誹謗中傷・不当な要求(値引き・謝罪文作成の強制など)を具体的に列挙します。
③④の報告体制と対応手順は、「誰が・何をするか」を段階的に書くことが重要です。例えば「従業員は被害を受けた場合、直ちに上長または相談窓口へ報告する」「上長は速やかに報告を受け、必要に応じて組織として対応する」「重大な場合は法的措置を含めて会社が対応する」という流れを明記します。⑤の不利益取扱い禁止は、従業員が報告や相談をしたことを理由に不利益な処分を行わない旨を必ず明記し、報告のハードルを下げる設計にします。
以下は記載例のイメージです。自社の実態に合わせて加筆・修正のうえご利用ください。なお、これは一般的な参考例であり、法的効力を保証するものではありません。作成・改定にあたっては最終的に専門家にご確認ください。
【第○条(カスタマーハラスメントの定義)】本規則において「カスタマーハラスメント」とは、顧客、取引先その他の外部の者による言動であって、その要求の目的・内容が社会通念上不相当であり、または要求の手段・態様が社会通念上不相当なものであって、従業員の就業環境を害するものをいう。【第○条(禁止行為の例示)】前条に該当する行為の例として、次に掲げるものが含まれる。一 長時間にわたる電話・来店・来訪による拘束 二 侮辱的・脅迫的な言葉による要求 三 土下座・謝罪文作成の強制 四 SNS等での従業員個人への誹謗中傷 五 業務範囲を超えた不当な要求の繰り返し。【第○条(報告義務と対応手順)】従業員は、カスタマーハラスメントを受けた場合、速やかに所属長または会社が指定する相談窓口へ報告しなければならない。会社は報告を受けた場合、事実確認を行い、組織として対応する。必要と認めるときは、法的措置を含む対応を検討する。【第○条(従業員の保護)】会社は、カスタマーハラスメントを報告または相談した従業員に対し、そのことを理由として不利益な取扱いを行ってはならない。
この4条の構造を基本骨格として、自社で追加すべき業種固有の事項(例:医療機関なら「診療の継続が困難と判断した場合の対応方針」、小売業なら「レジ対応中のトラブル報告フロー」など)を補足することで、実効的な規定に仕上がります。
カスハラ対策の優先度は業種によって異なります。顧客と直接接触する頻度が高く、かつ担当者が一人で対応する場面が多い業種ほど、規定の実効性が問われます。整理の目安として、次のような順序で対応を進めることをお勧めします。
【優先度が特に高い業種】①介護・障害福祉サービス(2024年4月施行の運営基準改正により対策推進が明記済み)、②小売・飲食・宿泊(顧客との接触頻度が高く、担当者が孤立しやすい)、③コールセンター・カスタマーサポート(電話・チャット越しの長時間拘束が起きやすい)。これらの業種では、就業規則の明記にとどまらず、「担当者が一人で対応を打ち切れる権限を与える」「上長が即時に介入できる体制」まで社内フローとして整備することが現実的な被害防止につながります。
【比較的中程度の優先度】④専門サービス業(士業・コンサル・IT受託等)、⑤建設・製造の一部(元請けや施主との関係性が強い業態)。これらは顧客との力関係が不均衡になりやすく、担当者が「断りにくい」状況に陥るリスクがあります。就業規則への明記と並行して、会社として断る場合の基準(これ以上の値引き・やり直しには応じない等の目安)を社内方針として持っておくことが重要です。従業員規模が10人未満の場合でも、労働基準法第89条の就業規則作成義務(常時10人以上で義務・10人未満は任意)に関わらず、社内ルールとして書面化しておくことは紛争予防の観点から有効です。
番頭は、会社ごとの労務情報(既存の就業規則の内容・過去のカスハラ事案の報告記録・対応フローのメモ)を登録することで、規則改定時に参照できる整理をサポートします。たとえば「過去にどのような行為が報告されたか」「どの部署でどのような対応フローが使われたか」を蓄積しておくことで、次回の改定時に自社固有の記載内容を検討する際の参考データとして活用できます。
規則の条文作成そのものは専門家の領域ですが、番頭は「整備前に把握しておくべき自社の状況を整理するフェーズ」を担います。具体的には、現行の就業規則にカスハラ関連の記載があるかの確認・報告窓口が書面上明記されているかの洗い出し・業種に応じた優先検討事項の提示といった、整備着手前の情報整理を補助する役割です。
改定後の運用フェーズでも、「従業員からの報告を記録する」「対応した内容を蓄積する」ことに番頭を活用することで、規定の形骸化を防ぐ仕組みの一部として機能します。ただし、番頭はあくまで情報整理・補助のツールであり、就業規則の法的有効性の確認・所轄労働基準監督署への届出(常時10人以上の事業場は義務)・個別事案の対応判断については、最終的に専門家にご相談ください。
サンプルの会社情報を覚えた状態での、回答のイメージです。数値や規程の内容は説明用の例です。 番頭の答えは一般的な情報の整理であり、個別の法的助言ではありません。
当社の就業規則にはハラスメント禁止の規定はありますが、カスタマーハラスメントという言葉は出てきません。このまま使えますか?
登録いただいた御社の就業規則を確認すると、現行の規定は主に従業員間のハラスメントを対象にした文言になっています。カスタマーハラスメントは行為者が社外(顧客・取引先等)であるため、現行の文言では適用範囲が不明確になる可能性があります。対応方針として、現行規定にカスハラの定義と対象を追記する方法と、別規程として独立させる方法があります。どちらが合うかは御社の規則全体の構成次第ですが、まず現行規定のどの条文に追記できるかを整理してみましょうか。最終的な文言の確認は専門家にご相談されることをお勧めします。
カスハラを受けた従業員が上司に報告したのに対応してもらえなかったというケースがありました。就業規則でどう防げますか?
登録されている御社の対応フロー記録と今回のご相談内容から整理します。現状では報告義務はあっても「上長が受けた後に何をするか」の手順が明文化されていない可能性があります。就業規則上は、報告を受けた上長が取るべき初動(事実確認・相談窓口への引き継ぎ・記録の作成)を具体的な手順として書き込み、放置が禁止されていることを明示することが有効です。また、上長が対応しなかった場合のエスカレーション先(人事・経営者への直接報告ルート)を複線化しておくと、再発防止策として機能します。文言の検討にあたっては、過去の報告記録を番頭で整理したうえで専門家に相談されると、自社の実態に即した条文になりやすいです。
現時点では、すべての事業者に就業規則へのカスハラ規定の記載を義務付ける法律は存在しません。ただし、介護・障害福祉サービス事業者については2024年4月施行の運営基準改正でハラスメント対策の推進が明記されており、実質的に体制整備が求められています。また、東京都をはじめ複数の自治体がカスタマーハラスメント防止条例を制定・検討しており、今後義務化の範囲が広がる可能性があります。義務の有無にかかわらず、安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から、規定の整備は早めに着手されることをお勧めします。
就業規則への明記は対策の出発点ですが、それだけで実効的な防止策になるわけではありません。規定があっても、従業員が報告しやすい環境・上長が介入できる体制・会社として毅然と対応できる基準がなければ形骸化します。規則の整備と並行して、社内研修・報告フローの周知・対応事例の蓄積を進めることが重要です。このページの内容は一般的な情報提供であり、個別の就業規則の作成代行や法的な有効性の保証を行うものではありません。就業規則の改定・労働基準監督署への届出(常時10人以上の事業場が対象)については、最終的に専門家にご相談ください。
定義が曖昧なままだと、「この行為はカスハラに当たるか」という判断を現場担当者や上長が一人で判断しなければならなくなり、対応にばらつきが生じます。また、顧客側から「カスハラと判断した根拠は何か」と問われたときに会社として説明できなくなるリスクもあります。定義には「要求の妥当性」と「手段・態様の相当性」という2つの軸を盛り込み、具体的な行為例を列挙する形にすることで、現場が判断しやすい規定になります。定義の表現については、厚生労働省のカスタマーハラスメント対策企業マニュアル(2024年3月公表)を参考にしつつ、自社の業態に合わせて専門家と一緒に調整されることをお勧めします。
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